富山県立中央病院

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お知らせ

経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI)~重症大動脈弁狭窄症の新しい治療~

2024/02/02

 「大動脈弁狭窄症」という病気を御存知でしょうか?大動脈弁狭窄症とは「心臓弁膜症」の一つで、心臓の中に計4つ存在する「弁」の1つ、「大動脈弁」の異常です。

 心臓は全身に血液を循環させるポンプのような役割をしている臓器です。その心臓の中は4つの部屋に分かれており(右心房、右心室、左心房、左心室)、血液は各部屋を順番に通過してゆきます。各部屋の出口には「弁」という構造物があります。この「弁」とは、各部屋の出口に付いている一方通行のドアのようなもので、その部屋を出た血液がまた元の部屋の中に逆流してくるのを防ぎ、血液の流れを一定方向に保つ役割を担っています。前述のように心臓には4つの部屋があるので、「弁」も各部屋の出口に、計4つあります。そのうち「大動脈弁」は「左心室」の出口にあり、「左心室」から心臓の外である「大動脈」に送り出された血液が再び「左心室」に逆流してくるのを防いでいます。この働きにより心臓は効率よく血液を送り出すことができるのです。

 「大動脈弁狭窄症」とは、この大動脈弁が開きにくくなった状態を指します。通常、大動脈弁は3枚の「弁尖」という薄くてしなやかな膜によって構成されます。この「弁尖」が血液の流れに合わせて開いたり閉じたりすることで大動脈弁は機能しています。この「弁尖」が硬く肥厚してしまうと、血液が通るときに大動脈弁が充分に開かなくなってしまいます。ちょうど部屋の出口に付いているドアの立て付けが悪くなり、狭い隙間を半身で通って部屋を出なければいけないイメージです。結果、心臓はより強い圧力で無理矢理に血液を送り出さなければならず、次第に心臓自体に負担がかかってゆきます。原因は様々ですが、主に加齢による変性、先天性の要因(生まれつき大動脈弁の弁尖が2枚しかないなど)、リウマチ熱の既往が挙げられます。

 大動脈弁狭窄症は徐々に進行し、軽症のうちはほとんど自覚症状がありません。健康診断や医師の診察時に聴診にて「心雑音」(心臓の音に異常な雑音が混じること)が聞こえる場合がほとんどですが、それに御自身で気づく方はほとんどおられません。しかし狭窄の進行に伴って動悸、息切れ、疲れやすさなどの症状が現れ、重症になると胸痛や失神などの症状が出現します。重症の症状が出現してからの予後は非常に不良で、平均3~5年で命を落とすと言われています。特に御高齢の方の場合、易疲労感や息切れなどの症状を御年齢のせいと勘違いしてしまい、大動脈弁狭窄症の初期症状に気づかないまま重症化してしまうことが少なくありません。


狭心痛・・・5年
失神・・・・3年
心不全・・・2年

 従来、重症化してしまった大動脈弁狭窄症に対しては、唯一「外科的大動脈弁置換術(SAVR)」だけが延命効果のある治療とされていました。しかしこの手術は開胸手術(胸を開いて行われる手術)であり、さらに人工心肺装置という生命維持装置を使用したうえで一度心臓の鼓動をストップさせて行う手術のため、体力の落ちた御高齢の方では手術自体を断念せざるを得ない場合も少なくありませんでした。

 これに対して、近年開発された新しい治療法が経カテーテル的大動脈弁植え込み術(Transcatheter Aortic Valve Implantation: TAVI)です。従来の外科的人工弁置換術(Surgical Aortic Valve Replacement: SAVR)と対比する意味で経カテーテル的大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Replacement: TAVR)とも呼ばれています。このTAVIは従来のSAVRと異なり、胸を大きく開いたり、人工心肺装置を用いたりすることなく重症大動脈弁狭窄症を治療する新しい低侵襲治療法として研究、開発されました。

 TAVIは図に示すような金属ステントとウシ心膜人工弁を組み合わせたTAVI弁を、カテーテルを用いて足の付け根の太い血管(大腿動脈)から、既存の大動脈弁の内側に植え込むものです(経大腿アプローチ:TF)。この手術も従来のSAVRと同様に全身麻酔で行われますが、両足の付け根を数㎝ずつ切るだけで手術が可能なため、SAVRのような大きな開胸や人工心肺装置は不要であり、御高齢の方でも耐術可能な低侵襲治療です。大腿動脈が細くTAVI手術に適さない方の場合は、左胸を小さく切開して心臓の先端(心尖部)からTAVI弁を送り込みます(経心尖アプローチ:TA)。TAアプローチはTFアプローチに比べて手術成績がやや劣るとの報告もありますが、それらのアプローチに加えて近年、肩の付け根の血管(鎖骨下動脈)や直接大動脈から植え込む方法も普及してきており、当院でも施行可能となっております。これによりさらに多くの患者さんに安全なTAVI手術を提供できるようになっております。また御入院期間につきましても短く済む傾向にあります。御高齢の方々の場合、従来のSAVRでは3-4週間の御入院、その後も長期のリハビリテーションを要するケースも少なくありませんでしたが、TAVI手術では平均1週間程度の御入院で済むケースがほとんどです。

 TAVIは2002年からヨーロッパで臨床研究が始まり、これまでに世界で10万人以上の患者様に施行され、現在もその数は増え続けています。我が国でも2010年から保険診療の承認に向けて国内3施設(大阪大学、倉敷中央病院、榊原記念病院)で臨床治験が始まり、2012年9月に終了しました。その間、国内で64人の患者様にTAVIが行われ、術後1ヶ月の死亡率が約8%、海外の臨床試験や大規模な登録試験に劣らない良好な結果が得られました。その後、この治療は大動脈弁狭窄症の方々の中でも特にSAVRではリスクが高過ぎる、SAVRは不可能だと判断された方々に限り行われて来ましたが、機器の進歩や経験の蓄積に伴い適応症例は拡大し、現在国内では年間1万人以上の方々がこの手術を受けられるまでになっております。治療成績も安定しており、手術を受けられる方の平均年齢は87-88歳と御高齢にも関わらず手術死亡率は約1%と非常に良好な成績が報告されております。また、その他の心臓弁膜症(僧房弁や肺動脈弁の異常)の治療や、先天性心疾患(生まれつきの心臓病)治療への応用も始まっております。

 本邦ではTAVIは「経カテーテル的心臓弁治療関連学会協議会」により手術実績や設備条件などに基づく厳しい認定審査が行われ、それに合格した施設でのみ施行が許可されております。当院は2018年8月にこの審査に合格しTAVIを導入、現在も研鑽を重ねております。これまでの症例数は下記の通りです。近年はTAVIの機器もさらに進歩しており、カテーテルがより細くしなやかになったことでほぼ全ての方にTFアプローチでの手術が可能となっております。また2021年より、既にSAVRを受けておられる方の人工弁劣化に対するTAVI(TAV in SAV)や緊急TAVI手術も施行可能となりました。

経大腿動脈アプローチ その他のアプローチ 合  計
2018年 9 0 9
2019年 15 0 15
2020年 26 0 26
2021年 36(1) 0 36(1)
2022年 35(2) 0 35(2)
2023年 33(2) 2 35(2)
合計 154(5) 2 156(5)

数字はTAVI手術件数、( )内は TAV in SAV 件数

 2019年から2020年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり手術件数は減少傾向でしたが、現在当科では感染対策を徹底したうえで緊急手術を含めまして通常通りの診療体制を維持しております。必要であれば事前にPCR検査を受けていただくことも可能です。詳細は当院心臓血管外科外来までお問い合わせください。

 TAVIは、これまでは手術不可能と判断されていた重症大動脈弁狭窄症の方々にとって大いなる福音と言えます。大動脈弁狭窄症と診断された方はもちろん、健康診断やかかりつけの先生の診察で「心臓に雑音がする」と言われた方も一度、当院循環器内科または心臓血管外科外来まで御相談ください。当院ハートチーム(心臓血管外科と循環器内科を中心とした他業種参加型の循環器診療チーム)にて精査、加療にあたらせていただきます。

 また、下記サイトでもTAVIについて詳しく知ることができます。非常に分かりやすい内容になっておりますので、ぜひ御参照ください。

TAVI-web ( https://tavi-web.com/ )

(文責 外川正海)

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